株式会社(かぶしきがいしゃ)とは、細分化された社員権(株式)を有する株主から有限責任の下に資金を調達して株主から委任を受けた経営者が事業を行い、利益を株主に配当する、法人格を有する企業形態である。このような企業形態は各国で見られる。
[編集] 国際的に見た株式会社の一般的特質
ヨーロッパ諸国、アメリカ、日本の会社法を比較研究したKraakman et al. (2004) は、株式会社の特質は、(1)法人格、(2)出資者(株主)の有限責任、(3)持分の自由譲渡性、(4)取締役会への経営権の委任(所有と経営の分離)、(5)出資者(株主)による所有の5点にあるとし、この五つを兼ね備えたものが株式会社の基本形であるとする。そして、市場経済の国においては、ほとんどすべての大規模企業がこれら5点の特徴を備えていると指摘している[1]。日本の株式会社の中のいわゆる公開会社、ドイツの株式会社(AG)、フランスの株式会社(SA)、アメリカのコーポレーションの中の公開会社(public corporation)、イギリスの株式有限責任会社(company limited by shares)の中の株式有限責任公開会社(public company limited by shares)はこれに当たる。
その一方で、各国とも、これらに類似しつつも、(3)の特徴を有しない閉鎖型の会社形態が何らかの形で規定されていることが通常である。大陸法圏においては株式会社とは別個の企業形態として有限会社が立法されることが多く、かつての日本の有限会社、ドイツの有限会社(GmbH)、フランスの有限会社(SARL)などがある。一方、現在の日本や英米法圏などでは、株式会社の一種として立法されており、日本の株式会社の中の非公開会社、アメリカのコーポレーションの中の閉鎖会社(close corporation)、イギリスの株式有限責任会社(company limited by shares)の中の株式有限責任私会社(private company limited by shares)などがある。[2]。
なお、国によっては(2)の例外として、株主と並ぶ無限責任社員の存在を認める企業形態を認めるものもある。フランス、ドイツ、かつての日本など、大陸法圏で認められる株式合資会社が典型であるが、英米法圏においても、英領ヴァージン諸島の株式発行を授権された無限責任会社(unlimited company that is authorised to issue shares)などがある。
[編集] 法人格
会社は、自然人と同様、それ自体が権利・義務の主体となることができる権利能力を有している。すなわち、会社はその構成員とは区別された法人格 (legal entity) を有する[3]。これにより、会社は自己の名において事業を行い、財産を取得・処分し、契約を締結し、借入れを行うことができる。そして、経営者や株主に対して債権を有する債権者も、別人格である会社の財産に対しては債権を行使することができない[4]。
[編集] 出資者の有限責任
法人格のコロラリーである。会社に対する債権者(会社債権者)は、会社の財産に対してのみ債権を行使することができ、株主(出資者)の財産に対して債権を行使することはできないという原則を、株主(出資者)の有限責任という。すなわち、株主の責任は、引き受けた株式について出資の履行を行ったことで果たされており、会社の債務について会社債権者に対して責任を負わない[5]。法人格が、会社の財産を株主の債権者から守るものであるのに対し、有限責任は、株主の財産を会社の債権者から守るものであるといえる[6]。
これは、出資をしようとする者にとってのリスクを限定することによって、多数の出資者から広く出資を集めることを可能にするためのものである。また、有限責任によって出資者と会社債権者との間のリスクの分配が明確になるため、出資持分(株式)の譲渡が容易になり、会社債権者との取引も容易になる[7]。有限責任を認めることによって、会社がある事業を行うために子会社を設立して、事業失敗による損失のリスクを限定することも可能である[8]。
かつては、出資者は会社の債務について無限責任を負うこととされていたが、今日では有限責任は普遍的な制度となっている[9]。もっとも、日本の合名会社、合資会社においては、全部又は一部の社員が会社の債務について無限責任を負う[10]。
有限責任の下では、会社債権者にとっては会社の財産だけが責任財産となることから、会社債権者の保護も会社法の課題となる[11]。
[編集] 株式の自由譲渡性
株主が、その有する株式(出資持分)を自由に譲渡することができることを、株式の自由譲渡性という[12]。
これは、株主がいつでも株式を譲渡して会社関係から離脱することができるようにすることによって、相互に信頼関係のない多数の者から広く資本を集めることができるようにする仕組みである。株式会社では、責任財産を会社に確保するために、出資の払戻しをすることが原則として認められていないため、株主にとっては株式の譲渡は投下資本回収のための重要な手段である[13]。
もっとも、多くの中小企業のように人的関係が重要な意味を持つ会社では、自由譲渡性を認めると人的関係を維持することが難しくなることから、各国の会社法は、一定の会社について株式の譲渡を制限することを認めている。株式の譲渡を制限する会社については、日本の譲渡制限株式のように一般的な会社法の中の特則として設けられている場合もあれば、かつての日本やヨーロッパ大陸諸国のように閉鎖会社に関する独立の制定法による企業形態(有限会社)が設けられている場合もある[14]。
[編集] 所有と経営の分離
会社において、株主は直接経営を行わず、経営者(取締役会など)に経営権を集中することを、所有と経営の分離といい、これは多数の株主を有する大企業では普遍的に見られる特質である[15]。
このような傾向は、歴史的に会社が大規模化し、多くの株主から資金を集めなければならなくなった結果、株主が直接経営を行うことが難しくなり、専門的経営者に経営が委ねられるようになったことによる。アメリカでは20世紀初めころから所有と経営の分離が進んだ[16]。また、所有と経営を分離することにより、会社と取引をしようとする第三者にとっては、誰が権限を有するかが分かりやすいという利点もある[17]。
各国とも、株主による投票で取締役が選ばれ、その取締役で構成される取締役会 (board of directors) が、経営上の意思決定及び業務執行の監督を行うというのが典型的な制度である。一方、日々の業務執行は、日本では代表取締役、アメリカでは執行役員 (officer) が行うのが通常である[18]。
[編集] 株主による所有
(1)株主が、会社を最終的にコントロールする権限(取締役を選任し、会社の運営上重要な事項を承認する権限)を有すること、(2)会社の純利益は株主に帰属することを指して、株主が会社を所有するという[19]。この意味で、会社は、組合、匿名組合、信託などと同様、出資者が所有する共同事業形態であるといえる[20][注釈 1]。もちろん、会社の純利益が株主に帰属する反面、会社に損失が出た場合も、株主は(配当を受け取れない、あるいは株価の下落という形で)そのリスクを負担する[21]。
なお、上記のような法学的な説明とはやや異なる意味で、会社の目的は、株主の利益を最大化することにあるという立場(株主主権論)から「会社は株主のものである」という主張がされることがある[22]。これに対しては、「会社はコア従業員(長期的に会社に関わる従業員)のものである」という従業員主権論や、「会社はステークホルダー(株主、従業員、顧客、取引先、地域社会といった利害関係者すべて)のものである」という主張もされている[23]。このような会社は誰のものかという議論は、経営やコーポレート・ガバナンス(企業統治。後述)の重点をどこに置くかについての議論であるといえる[24]。また、ステークホルダー型コーポレート・ガバナンスと関連して、会社は地域の利益や雇用、環境を守る責任があるという企業の社会的責任(CSR) も主張されている[25]。
ただし、例えば株主主権論の立場に立つとしても、従業員等のステークホルダーに正当な対価を支払わなければ株主の利益を生み出すことができないというように、「会社は誰のものか」という議論を、専らある者の利益のために会社を経営すべきであるという主張として理解することには実益があると指摘されている[26]。
[編集] 各国の株式会社
各国の株式会社 法域 | 公開型 | 閉鎖型 |
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アメリカ合衆国 デラウェア州 | | close corporations |
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stock corporations |
日本 | 公開会社 | 公開会社でない株式会社 |
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株式会社 |
韓国 | 주식회사/ 株式會社 | 유한회사/ 有限會社 |
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中国本土 | 股份有限公司 | 有限公司 |
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台湾 | 股份有限公司 | 有限公司 |
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| 欧州経済領域諸国 | Societas Europaea | |
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ベルギー | la société anonyme /de naamloze vennootschap | la société privée à responsabilité limitée /besloten vennootschap met beperkte aansprakelijkheid |
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デンマーク | aktieselskaber | anpartselskaber |
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ドイツ | die Aktiengesellschaft | die Gesellschaft mit beschränkter Haftung |
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ギリシャ | ανώνυμη εταιρία | εταιρία περιομένης ευθύνης |
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スペイン | la sociedad anónima | la sociedad de responsabilidad limitada |
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フランス | la société anonyme | la société à responsabilité limitée |
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la société par actions simplifiée |
アイルランド | public companies limited by shares | private companies limited by shares |
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companies limited by shares |
public companies limited by guarantee having a share capital | private companies limited by guarantee having a share capital |
companies limited by guarantee having a share capital |
イタリア | società per azioni | società a responsabilità limitata |
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ルクセンブルク | la société anonyme | la société à responsabilité limitée |
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オランダ | de naamloze vennootschap | de besloten vennootschap met beperkte aansprakelijkheid |
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オーストリア | die Aktiengesellschaft | die Gesellschaft mit beschränkter Haftung |
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ポルトガル | a sociedade anónima de responsabilidade limitada | a sociedade por quotas de responsabilidade limitada |
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フィンランド | julkinen osakeyhtiö / publikt aktiebolag | |
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osakeyhtiö / aktiebolag |
スウェーデン | publikt aktiebolag | |
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aktiebolag |
イングランド及びウェールズ スコットランド 北アイルランド | Public Limited Company(PLC) | Private Limited Company (LTD) |
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companies limited by shares |
public limited company by guarantee having a share capital | private limited company by guarantee having a share capital |
companies limited by guarantee having a share capital |
スイス | die Aktiengesellschaft / la société anonyme / società anonima | die Gesellschaft mit beschränkter Haftung / la société à responsabilité limitée / società a garanzia limitata |
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[編集] 株式会社の起源と大航海時代
16世紀から17世紀の大航海時代、ヨーロッパでは、共同資本により、貿易や植民地経営のための大規模な企業が設立されるようになった。イギリスのレヴァント会社やイギリス東インド会社(1600年設立)である。もっとも、初期の貿易会社は、航海の都度出資を募り、航海が終わる度に配当・清算を行い、終了する事業であった。1602年に設立されたオランダ東インド会社は、継続的な資本を持った最初の株式会社であるとされる。株式会社は小口の資本(資金)を社会全体から広汎に集めることが可能であると同時に、各種の保険や金融制度同様、当時にあってはリスク分散の仕組みでもあった。17世紀のイギリスでは、設立許可を受けた会社か否かを問わず、共同資本の会社形態の事業が、従来の個人事業やパートナーシップに代わっ� �急速に増加し、貿易のみならず国内事業も取り扱うようになった。もっとも、1720年にはイギリスで南海会社が引き起こしたバブル経済が崩壊したのを機に(南海泡沫事件)、無許可会社に対する取締りを行うバブル法 (Bubble Act of 1720) が制定され、多くの会社が打撃を受けた[27]。
当時の株式会社は許可制であった。(勅許会社(chartered company)と呼ばれる。)。設立のための勅許 (charter) は、通常、独占権の付与を伴っていたため、イギリスでは17世紀から18世紀にかけて、国王と議会との間の権限争いの場となった。また、株主の有限責任も、特別に与えられる特権であって、イギリスでは1855年になるまで一般的なものではなかった[28]。
また、アダム・スミスは著書『国富論』の中で株式会社制度は所有と経営が分離する点で経営者が怠慢になるはずであると批判している。これは現代の代理人問題を指摘していたことになる。
[編集] 産業革命と会社設立の自由化
18世紀の産業革命の勃興とともに、多額の資本を集めなければ実行できない事業が急速に増加した。そこで必要な資本を集めるために最もよく用いられたのが、株式会社という事業形態であった。19世紀になると会社設立の自由化が進んだ。フランスの1807年商法では、三つの事業形態のうちの一つとして、株式譲渡性を持ったソシエテ・アノニム (société anonyme) が認められ、1867年法で初めて登録制による会社設立が可能となった。イギリスでは1825年にバブル法が廃止されたが、許可制から登録制に移行したのは1844年であり、1855年に会社の有限責任が認められるようになった。ドイツでは1870年に株式会社の自由な設立が認められるようになった[29]。
アメリカでは、独立以前には植民地政府がイギリス国王の権威の下、いくつかの会社の設立を許可する立法を行ったが、独立後は、各州議会がコーポレーションの設立を許可するようになり、その多くが銀行であった。米英戦争(1812年)後には、設立許可されるコーポレーションの数も急速に増え、銀行だけでなく運河や道路を建設する会社も設立されるようになった。その後19世紀に大きな役割を果たしたのが鉄道会社である。アメリカでも、当時は、設立許可は個々のコーポレーションに対して行われるものであり、特権、独占権の付与という意味を持っていた[30]。しかし、1811年にニューヨーク州が一定の種類の製造業で資本が10万ドル未満のものに限ってコーポレーションの設立を一般的に認める法律を制定したのに続き、1837年にコネチカット州が企業の種類を問わず一般的に会社の設立を認める法律を制定した。他の州も次第にこれにならい、1890年までには、すべての州で一般的・準則主義的な会社法が制定された。それでも、南北戦争(1861年 - 1865年)のころまでは多くの州が特別の設立許可の制度も残しており、準則主義的に設立されたコーポレーションについては規模の制限など多くの規制を課していた。しかし、1875年以降のニュージャージー州法が規制の廃止を進め、その後の20年間にデラウェア州をはじめとして各州がこれにならい、自由化が進んだ[31]。